![]() |
| --- |
|
9月20日(水)家探し第一日目 今日から家を探します。とりあえずフランスでは家主との直接交渉で家を借りるのが主流のようです。日本人が家を借りるときは、日本人がよく集まる場所に張ってあるアノンス(annonce)を丹念にチェックすることからはじまります。パリの場合はJUNKU(大阪が本店)、文化屋という日本専門本屋さんに情報が集中します。なのでとりあえず開店と同時にその本屋さんに行ってみることにしました。オペラ座の近くのJUNKUは開店と同時にもう盛況。みんな本を探すのではなくアノンスを見に来ているのです。特にこの時期(新学期は10月から)は供給に対して需要が大幅に上回るので家が足りなくてみんな大変。目が血走っています。うーん、どうやらちょっと出遅れたみたい・・・ 「家貸して〜〜」の張り紙は沢山あるのに、「家貸します」の張り紙は殆どないのです。私の望んでいるような物件は一つもありませんでした。というか物件そのものがありませんでした、これは困った。 することがないので、先ほどホテルの前のトルコ食品店で買ったテレホンカードで以前から連絡を取っていた仕事を手伝わせて頂ける先に電話することに。しかし全然つながりません、エラーばっかりでます。これはいったいどうしたことでしょう?よく見たら、そのカードはテレホンカードではなく、「そこに書いてある数字を打ち込むと電話料金が安くなるよカード」でした。間違えてしまった、、国際回線つかって経由するやつですね。普通のテレカが欲しかったのですがのう、まあ国内電話も使えるからいいかあ。 んで、アポを取ってさっそくそこへお邪魔します。HP制作などの仕事は先に来た方が担当する事になったそうなので、私は臨時で忙しい時にお手伝いをさせていただけることになりました。フランスの日本人社会のいろいろなことを伺いまして大変参考になりました。物件情報が出ている日本語の情報誌について細かく教えて戴き、これからの行動がなんとなく楽になりそう。パリに知り合いが出来たというだけでも精神的にも安らぎましたし、家は見つからないなりにいい経験をしましたな。 オフィスを出たらちょうど12時。7区にあるそのオフィスの近所には「ボン・マルシェ」があります。ボン・マルシェは私のような貧乏人には一生ご縁のない高級デパートさんでありますが、ボン・マルシェの別館「グランテピスリィ」は「ラファイエット・グルメ」と並ぶ食の殿堂。このスーパーに来ればどんな食材でも揃います。中に入ってぐるぐる回っているだけでうっとり美術館気分。お総菜も充実していて、ランチタイムまっさかりの今は近所から有閑マダムが、世界各国からグルメ観光客が、サラダやサンドウィッチを買いにこのお店にはせ参じております。私も「モッツァレラとトマトのサラダ-オリーブオイル添え-」とパンを買い込みホテルでランチとしゃれ込みます。あいやー 美味しい美味しい。こんな美味しい食べ物が世界にあったなんてねえ。トマトとチーズしか入ってないのにねえ。フランスのマックなどはセットで600円くらいしてしまうので(飲み物もポテトもMが基本)、こうした食べ方が一番お得かもしれません。もちろん自炊できればもっともっと安くできるんだけどねえ。家借りてえ。 9月19日(火) ということで、本日から一年フランスです。ぼろくて安いホテルを取ったので多分ネットはできません。多分テレビも見ることができません、オリンピックまた見れねえ。 というわけで、本日からしばらく更新が途切れます。家探しが上手く行って、フランステレコムから回線を引いてもらえて、so-netのローミングが上手くいくまでネットはお預けです。しばらくお待ち下さい。 なんとか上手く行きましたので追記。 荷造りをなんとか前日の午前3時過ぎに終え、スーツケースを閉じ、さてお休みと思ったらあら大変!なんとまあ、重くて重くて寝かせてあるスーツケースを立てることができないのです。こんなに重くては成田に行く前に圧死してしまいます。更に重いPC等の精密機械系鞄も持ち歩かなくてはならないのですもの。考えただけでぎっくり腰になりそう。とりあえず急ぎでないものは郵便で送ることにして、荷物の軽量化を図ることになりました。自分ではシンプルにしたつもりなのに推定40キロの荷物になってしまっていたのです。あーあ、面倒くさいなあ。 とりあえず荷物減らしを完了させて、仮眠→起床→出発。んがやっぱり重い、起きたてほやほやでびんびんなのに重くて重くて私の部屋(3階)から玄関までの階段の距離分もスーツケースを持ち上げることが出来ないのです。とりあえず2冊持っていた辞書やら弟からの餞別の「ゾマホンのほん(いちおうフランス留学経験有りの方なので)」を別送にして更に荷物のシェイプアップを計りましたがやっぱり重いものは重い。階段以外はなんとか転がせるのですがどうなることやら。 んで成田。あこがれのエアフランスに乗り込むのです。胸を張ってエアフラ窓口へ行くと「あー 団体申し込みの方はー 団体窓口行ってくださいー 搭乗案内に書いてありますよねー」とつれない返事。団体窓口ってどこのことだろう?あ、ここへきて大変なことに気がつきました。私ってば搭乗案内をスーツケースの中に入れてしまっていたのです!これでは私のチケットがどこのカウンターに置いてあるのか分からない。しかもチケットを頼んだ旅行会社の名前さえも覚えてない。おそらく現時点で成田で一番マヌケな旅行客ではないでしょうか。恥をしのんで大衆の見守る中荷物あさりをしなくてはならない・・・ そんなのいやだー なぜならスーツケースの中には親に送ってもらうのが恥ずかしいのでしょうがなく入れてきたものがたくさんあるから。そんなもんを大勢の目になんてさらしたくない!! 思い出せ!思い出すんだ!うーんと、うーんと、えーっと・・・ そうそう、そうだ。「地球の歩き方」の会社だったような・・・・ そうだ!地球の歩き方だ! と一生懸命脳味噌の奥深くから引き出した記憶を元に地球の歩き方と名前の付いた団体カウンターを探したら・・・ なんと6つくらいありましたよ。一つ一つ聞いて歩きましたよ。どこにも私の名前はありませんでしたよ・・・もう集合時刻は30分ほど遅れております。思い出せ思い出せ!そもそもどうしてその会社に頼んだのかを!!えーっと、なんだっけ。あ、モニタだ。体験レポート書くんだった。そんで手続きが楽になるから一緒に航空券も頼んだったんだ! と思い出して、なんとかかんとか私のチケットがおいてあるカウンターにたどり着きました。GIO CLUBでした。すっかり忘れておりました。 とほほ。なんとかチケットを受け取って乗り込んだエールフランス、座席は一番後ろでした。日本人スチュワーデスが沢山いらして、お客さんも殆ど日本人で、思ったよりフランス感に乏しかったのですが、離陸直後からシャンパンを頂けて、機内食も美味しく、ワインも上等だったので満足でございます。隣の席はバリバリのビジネスマンの方で毎週のように海外出張をしているそう。ほろ酔いモードで出てくる仕事の話は深くて面白いものです。世界を股にかけてる人の話はスケールでかくていいよなあ。かなーり、タメになりました。 んでパリ着。あいにくパリはどしゃ降り。そして傘は搭乗案内とおなじくスーツケースの中。金をケチって地下鉄使ってパリに行こうとしたのがまずかった。スーツケースは相変わらず重たいのに、行く先々エスカレーターのないところばかり。乗り換えの度に重いスーツケースを一段担いで上がって一息ついてまた一段担いでの繰り返し。紳士の国なので助けてくれる方々も多かったのですが、これから引っ越し先までこのスーツケースを持っていくかと思うともうなにもかもがいやになってしまいます。 ついたホテルは安さにもかかわらずテレビ付き!モジュラージャック付き!けっこう大都会!近くにスーパーもある!とかなり満足度高いです。疲れているのでパソコンがつながるかどうかは後日に回しましょう。もう寝ましょう。明日から家探し。 9月18日(月) 今日で日本とは暫くお別れです。日本で最後に読んだ漫画は「ギャラリーフェイク」でした。自分的にかなりタイムリーなネタだったのでびっくりしました。いわゆる村上隆一派にたいする皮肉めいた内容なのですが、このごろ私が村上隆に思う「なんか違うな〜」の「なんか」の部分を見事にフジタが説明してくれていて、溜飲が下がるとはこのことなんだと思うことしきり。多分村上隆や椹木野衣とかは「フジタの言う『文化の上澄みばっかり掬い取る』っていうのは、日本の美術が江戸時代からやってきたことじゃないか」とか言うのでしょう。或いは無視するのでしょう。一年後には、そんな反論に対する反論が出来るようになっていたいです。もう少し物事をいろいろな角度から見ることが出来るようになっていたいです。あわよくばフランス語がぺらぺらになっていたいです。日本と同じくらい素晴らしい人達に出会えますように。今までお世話になった皆様方、本当にありがとうございました。これからもよろしくお願いいたします。 9月17日(日) 11時チェックアウトなのに気がついたら10時20分、よく寝たものです。後かたづけをしてフットバスを宅配便で送って(重かったので)クィーンズスクウェアへ。入った店でオリンピック見ながらブランチです。ブラウン管の中では野球、しかもアメリカvs日本という予選とはいえ屈指の好カード。昔の街頭テレビっていうのはこんな感じだったのでしょうか。知らないうちに人がどんどん集まっていって、我々も気づかないうちに画面を見てため息をついたり、独り言をつぶやいたり。そんな中、リードされていた日本がアメリカのエラーにより同点に!私ったら思わず小さく拍手をして「わーい」と言ってしまいました。しかし、その時「思わず」小さく拍手をして「わーい」と言ってしまったのは私だけではなかった。店中、いや店の外でテレビ観戦していた人たちは殆ど全て、思わず小さな声で喜んでしまったのです。つまりあたり一面思いっきり大歓声、阿鼻叫喚地獄とはこのことです。その瞬間、我に返りものすごく恥ずかしくなる私、ああ小市民な私、野球ごときにウキウキしている私・・・ ものすごく恥ずかしくなって、その後はなんだか帰りたくて帰りたくてしょうがなくなってしまいました。惜しかったねえ。 9月16日(土) 壮行会のラストは横浜のインターコンチ和室スイート一泊二日で豪華絢爛にキメてみました。多くの方々が遙々遠方から駆けつけて下さり、ホテルは参加人数が多ければ多いほど安くあがるということを痛感した次第です。あの西瓜みたいな建物の中身がこんなことになっているとはねえ。世の中には知らないことが沢山ありすぎます。 私の我が儘で夕食はイタリアン、素敵なトラットリアでディナーです。私の日頃の行いが悪いせいで嵐の中での会食となってしまいましたが、お味の方は天国に行った気分でしたよ。タパス&タパスやオリーブの木だけがイタリアンじゃないんだ、現状に満足していちゃいけないんだ、パスタには平べったい麺やペンみたいな麺もあるんだ、そんなことを強く感じる美味しいお店でありました。 んで、買い出ししてホテルについたら葉月里緒奈とタメ年のYAWARAちゃんが表彰台に上がっていました。今回のオリンピック表彰台は、真ん中が金色、左が銀色、右が銅色と塗り分けられており、その分かりやすさは教育テレビでの低学年向け番組の大道具並であります。内田有紀と同い年のYAWARAちゃんはこれでやっと8年ごしの望みが叶ったのですね、原口あきまさと同学年のYAWARAちゃんは他の同年代の人が、やれドラクエだ、やれ頭脳戦艦ガルだ、やれスパルタンXだと言っていた間に、誰も真似することのできない偉業をやってのけたのです。3回もオリンピックに出るだけですごいのに、全部で3つもメダルを取るなんてすごいすごい。涙の数だけ強くなれるよとはマヨちゃん(not松田、not川崎)も良く言ったものです。千葉すずと同じ年のYAWARAちゃんは今年で衆議院、次のオリンピックの翌年には参議院に立候補することができます。女優にも興味津々の本上まなみと同じ卯年生まれのYAWARAちゃん、国民の大部分を見方につけましたね。いったい彼女の未来はどうなるのでしょう。 んで、また素晴らしい贈り物を戴きました。なんとフットバス!歩き回って足が浮腫んでしまった時に効果てきめんなアレです。あこがれてはいたもののまさか本当に自分のモノになるなんて!ためしにちょこっとやってみましたがなかなかユカイ。みんなみんなどうもありがとう、このご恩は決して忘れないよ。 と、イベント盛りだくさんの会場は、睡魔に襲われた人が順に布団の中に倒れていき、夜も更けていくのでした。 9月15日(金) 今日は昼間から日仏学院のお姉さま方と壮行会です。14:00-23:00という長時間の会は美味しいワインとチーズに囲まれ、トークが途切れることが全くありませんでした。フランス話とアムール話だけで9時間ぶっ続けハイテンションを維持できるものなんですよ。いやあタメになりました。フランスでの暮らし方はもちろん、フランスで堕胎は可能だが、心の医者と体の医者の二人に掛からねばならず非常に面倒くさいということ、とりあえず使えるものは人でもモノでもなんでもかんでも取っておけ、保管しておけ、ということ、フランスのテレビはおもしろくないということなどを教わりました。他にもドロソースのような濃ゆいお話を拝聴いたしましたが一番タメになったのは「病気を貰ってくるのは事故責任」ということです。Nonと言えるJaponaisでなければならないのです。病気を防ぐための言い回しもいろいろ教わりましたし、自分の身は自分で守らなければならないということを痛感いたしました。品行方正に生きていきますとも。 9月14日(木) 新宿には死ぬほど沢山中古デジカメが売られていてその値段はだいたい1画素=0.1円!という訳の分からない噂に踊らされてしまいました。そんな店はどこにもなかった、ユートピアなんてどこにもなかった、なかったんだーーー。 大学の友人たちが壮行会を開いてくださいました。卒業して以来全く会ってなかった友人たちも来て下さって、なんだかミニ同窓会のよう。みんな殆ど変わっておらず、収入も変わっておらず、変わっているのは職だけってな仲間が大集合です。卒業して就職して、今も同じ会社にいる人が10人強のうち1人しかいないんですもの、終身雇用制とかなんとか言ってられないよね、景気が上向きだなんて言ってられないよね、つーか職に就かないでブラブラしている理由を社会のせいにできる良い時代がやってきたよね!みんな政治が悪いんDA YO NE!後ろ向きな人たちに囲まれて後ろ向きな話をするのは本当に楽しいです。 そんな仲間たちからステキなステキなお餞別をもらいました。妊娠検査薬(二回分)です!これで親友のベティ(仮称)の片思いの相手シルビアン(仮称)と一夜限りのランデブー〜あぶない火遊び〜、をノリで敢行したその2ヶ月後、生理がなくって困っちゃう、そういえば股の付け根が痛いなあ、、病院に行かなくちゃなあ、でもカトリックの国だしなあ、困ったなあ、先のことを考えると食事が手に付かないよ・・・ ってな時にベティに「どうしたのモヨ?何か悩みがあったら私に相談してねシルブプレー」と優しく言われてしまい罪悪感にさいなまれてしまい、ふらふらと場末の酒場に迷い込み・・・ということが無くなるかもしれませんし、やっぱりあるかもしれません。買いにくいものをさりげなくプレゼントしてくださる友人たちに感謝であります。もちろん使わないように努めるつもりではあるのですが・・・そのほかにも刺し子のソムリエエプロンとがま口まで戴きました。全てをフランスで使いこなすつもりであります。 9月13日(水) 日本で過ごす最後の水曜日なので気合いをいれて「いいとも」を見ました。ここ6ヶ月タモさんが一番輝いているのが水曜日なのです。ジャニーズのいない水曜日、気を遣うレギュラーはおらず、タモさんはお気に入り芸人に囲まれ(ふかわりょうとか)、番頭さんにボケを的確に突っ込まれ(東野)、水曜日のタモさんは文字通り水を得た魚のように生き生きとしています。サングラスの奥に隠れている見える方の目もきっとキラキラと輝いているはず。2000年4月期のタモさん昼間の部は水曜いいともを抜きにしては語れないほど、自然体のタモさんなのです。そんな最後のタモさん、しっかりと目に焼き付けておかねば。 しかし、ここに来てちょっとしたアクシデント。爆笑問題田中の睾丸が腫れ上がって緊急入院してしまったのです。なので、今日は太田がピンで出演、太田の目が踊っています。ココロ優しいタモさん、転校生のような不安そうな面もちの太田のことを気にして、タモさん今日は気配りを絶やさない大人の司会者の顔をしています。ほかの出演者も顔には出しませんが常に太田の出方をうかがいながらのトークであります。私の一番見たかった悪ノリタモさんは今日はお出ましにならないようです。まぁそんな日もあるよねぇ。状況を見ながら自分の役割を見極める、正に少年の心を持ちながら、素晴らしい紳士でらっしゃるタモさん。私は本日タモさんはしゃぎバージョンをを見ることができず大変残念でありましたが、でもでも大人のタモさんを見ることができ、さらにタモさんを好きになりました。タモさんばいばい。来年までそのままでいてね。 9月12日(火) 日本にいるのもあと一週間、両替したいのにどんどん安くなるフランにドギマギして未だに銀行に行けません。大した額を変えるわけでもないのですがなあ。 今日はフランス語の最後の授業です。この学校は予期せぬフランス行きが決まり、マインスイーパーも手に付かなくなるほど悩みに悩んでいたとき偶然ネットで発見した学校です。なんとなく問い合わせのメールを送ってみたら、とてもよい感じのお返事が帰ってきて、その次の日には見学に行き、見学をしたその日に入学を決めるという、これが学校じゃなくて伊藤英明とかだったらたまんねぇよなってな感じに相性のよい学校です。。その学校の方々が今日は授業を早めに切り上げてお別れ会を開いてくださりました。短い時間しかいなかったのに私などのために、ほんとうにすみません。頭が下がります。 先生の案内で目黒のステキなお店へ。この学校に通いだしてから目黒には天狗以外にも、安くて美味しくて雰囲気のいいお店が沢山あることを知りました。どうして大学生の時に気づかなかったのか。。。私の大学時代の目黒美味スポットはまず「和民」、そしてて「天狗」この2店のみでした。もう少し目黒を開拓しておけばよかったよう、そう思ってももう二度と青春の日々は戻ってこないんだなあ。 先生とお話していて安心したこと、それは先生が他の外国人の方のように「日本が好き!」って訳ではないのに来日して、なのにずっと日本で暮らしていけているということ。これは他の人よりフランスが好きでない私には大変心強いことです。やっぱり過度に思い入れがない分気楽にやっていけるよねえ、そんなパリパリ言ってなくてもよいよねえ。んで先生とお話していて不安になったこと。私ったら酒を飲んでいるときの方がしらふの時よりもフランス語が上手になっているのです。たぶん文法のことなど考えもせず、思ったことをそのまんま口走っているだけだからなのですが、やっぱりこれはゆゆしき事態です。フランス語で難しい話(アパート契約とか)をしなければならないときに、私はどこかで過度にアルコールを摂取しなければならないということです。語学力が向上する代わりに判断能力が低下してしまうのです。これは非常に危険であります。いったいあと一週間でどうすればよいのでしょう?まあ答えは一つしかないですよね、肝臓を鍛えることですよ。 そしてそして、みなさんから私にすてきな贈り物。同じクラスに料理教室を開いている方がいらっしゃるのですが、その方がご自身で書かれたステキな料理の本をプレゼントしてくださったのです。これがもう、すんげー かわいくって、すんげー キュウトで、なのにとっても作り方はとっても簡単なモノばかり。こんな素晴らしい本に、クラスのみんなと先生が寄せ書きをしてくださったのです。ポトフしかできない私にとって素晴らしすぎる。んもう、日本でも作っちゃうくらいの勢いです。ほんとうにみんなありがとうです。涙で前が見えないよう、よくしていただいた皆様のためにも面白おかしく過ごして行かねばと思う次第であります。 9月11日(月) 起きたら真っ暗だったので夜だと勘違いしてしまい、二度寝して起きたらすでに14時。非常に損した気分であります。んで、テレビつけたら『平成金の卵』の再放送やっててちょっと気分持ち直す。確か今までに三作作られているこのドキュメンタリーは、このご時世に中学を出てすぐに料理人になるべく料亭に入門した26人の15歳の物語。元ドキュンの女の子や(途中脱走してドキュンに逆戻りしたけど改心してまた料理人の門をくぐるというドラマ有り、しかし結局挫折して現在エステティシャン)、腎臓病を患った母を助けるため進学を断念、青森から上京してきた男の子(しかし見習いの給料では母と妹を養えないため、現在は全国を転々としながら土木作業をしている)、尊敬する父の後を継ぐために野心バリバリで料理人になろうとしている少年、両親と折り合いが悪く、とにかく家を出たいという理由で住み込み就職を決めた成績優秀な女の子、などなど味のある少年少女たちが、血と汗と涙を流しながら大人になっていくという物語であります。 しかし再放送っていうのは残酷ですね。すでに3作目まで見ている我々にとって、第一作目で料理人への夢を熱く語る彼らのほとんどが、途中でその夢を放棄し全く別の道を歩んでいくのを知ってしまっているのです。大根かつらむきコンテストで競い合った仲間たちのほとんどが、1年後にどこに行ってしまったのかわからなくなってしまっているのです。本放送のときは画面に向かって男塾の人から教えてもらった本格的なエールを送りながら番組を鑑賞していたのですが、今日は寝起きというせいもあってとてもそんな気分にはなれません。結末を知りながら見るドキュメンタリーってつらいもんだねえ。 |