![]() |
| --- |
|
8月31日(金) 週末。22時過ぎにハードロックカフェの前で待ち合わせをすることになりました、が、わたくし田舎者ゆえ、「あの辺にあったなあ」という朧気な記憶はあるのですが、正確なカフェの場所を覚えておりませんでした。降りる地下鉄の駅も間違えてしまったみたいで、いったいどこにあるのかしらハードロックカフェ・・・ ということで、道を歩いているお兄さん、お姉さんにハードロックカフェの場所を伺うことにしたのですが・・・ 困った! Hardrock Cafeの発音ができねえ! 日本ではもちろんHardrock Cafe はハードロックカフェなのですが、フランスではHは発音しないし、Rの発音をきちんとしないと聞き取ってもらえないし、おまけにRとRの間にはDが挟まっていて、かなーり難しい単語。んで2番目のRの後にもCKの発音、きっとフランスのベテランさんには簡単な発音なんでしょうけど、幼稚園児レベルの私には跳び箱15段ぐらい難しさ。いろいろなお兄ちゃん、お姉ちゃんに訊いてみても「(そんなカフェ)シラネーヨ」の一言で置いて行かれてしまいます、筆記道具を忘れてしまって、店名を書いて見せて尋ねるということもできず・・・ ちなみに自分が現在迷っている界隈、楽しい所と危ない所と紙一重の場所なのです。いつもなら堀井憲一郎の如くずんずんと足で探すのですが、金曜の夜中という欲望ナイトのこの時間では、ちょっとした冒険もできません。んー 困りましたなあ。 仕方がないのでそばにあった高級クラブのボディーガードさんを捕まえて訊いてみました。見た感じ観光客慣れしてそう・・・ が、やっぱり英語が通じません。タクシー捕まえるしかないかなあ(とはいえ、タクシーの運ちゃんにも場所が通じなかったら意味がないが)・・・ そんなことを考えてとぼとぼ歩いていたら、あらあら、アラブのおっさんたちがたむろしております。なんだか上野駅前を歩いている気分です。これだけ人がいれば、一人ぐらいはイギリスとかに出稼ぎにいった人がいるはず。おそるおそる集団の中に入って勇気を出して尋ねてみました。 「あのう・・・ ハードロックカフェに行きたいのですが・・・」 「へ? は? なにそれ?」 「えっと、英語だとハードロックカフェで、フランス語だとアルドロックカフェなんですけど。。。」 「え?高いよ。行くのやめなよ。安いお店に案内してあげるよ、ぐへぐへ」 「いやぁ、いいですぅ。 で、どこにあるのですか?」 「だから、一緒にもっといいところに行こうってば」 (日本語で)「うるせー 待ち合わせやっちゅうねん、いいから教えろっていってんだゴルア」 「・・・・・・・・あっちです。」(と指を差す) ああ、アラブの人々は異邦人に親切でよいですねえ。そして私の発音はなんとかならないもんですかねえ。。。 ためいき。 8月30日(木) 引越しなくては、荷造りしなくては。1年の間に本当にものが増えてしまいました、CDも買い控えていたのに100枚ちょいになってしまい、他人の香水が染みこんだゲリソル製古着、読めもしないのにコレクションしてた図録などなど無駄なものがどっさり。まったくどこから手をつけていいのやら・・・ とりあえずCD本体は、MUJIで売っているポリエチレンのフォルダにぶちこみ、歌詞カードはまとめて箱に入れ、スーツケースの中へ。そしてかさばる割れ物のプラスチックケースを船便で送ることにしました。 なのでケースをくるむ緩衝剤が必要になって参りました。俗にプチプチと呼ばれるエアキャップを買いに、はるばる歩いてBHV(フランスの東急ハンズ)へ。フランスはとにかく文房具やら事務用品やらが種類が少なく、おまけに値段が高い国。プチプチももちろん目玉が飛び出るほどお高く、なんと1ロール、20mちょいで200フランもしやがりました! 5mあれば十分なのに量り売りもしてくれません。ただのプチプチなのにこんなに高いなんて・・・ とりあえずむかついたので、何もかも三重巻で対応します。これなら絶対に割れないし、高いプチプチを日本に持って帰って再利用できることでしょう。が、損な感じで過剰包装していたら、段ボール箱に入れる予定でいた荷物の半分も入らなくなってしまいました。なんということだー 困ったー。 8月29日(水) そろそろ帰国の準備をはじめなければ。帰国は9月の18日なのですが、大家さんがこの家に帰ってくるのは9日。それまでに荷物をまとめて、借りているアパルトマンを引き渡せるようにして、そして帰国までの宿も確保しなくてはなりません。フランスに来る時ははどこから来たのかよく分からないテンションのおかげで、短期間で荷物をまとめることができたのですが、帰国に際してはモチベーションがまったくないからとにかく面倒くさい、どうにかならないもんですかなあ。 ということで、やる気のない体を引きずってオペラまで引越の手配。日系の運送会社さんにお伺いして、船便と航空便の違いについて質問。船便は集荷してから日本に到着するまで1〜2ヶ月ほどかかり、航空便は2〜3日で自宅に到着するそうな。もちろん船と飛行機じゃ輸送費は段違い。だったら帰国してすぐには使わない冬物衣料や、たまりにたまった書籍類などを航空便で送って、それ以外のスーツケースに収まらないものを航空便で送ればよいのですよね。早速冬物コート用に大きな段ボール、書籍類用に小さな段ボールを購入し、集荷の日をセッティング。日付と時間を指定しておけば、ご親切に自宅まで来てくださって、荷物を持っていってくれるそうです。世の中便利になりましたなあ。。 さて、夕飯は昨日余らせておいたムール貝の酒蒸しから汁と貝の具を取り出し、ホールトマトと混ぜまして、その中に炒めた米を加えてムールなリゾットでございます。気合いを入れて、パルメザンチーズをチーズおろしで粉にします。貝のうまみが存分に行き渡ったスープにトマトのハーモニー。んーたまりません。うまいうまい。ビールもすすみますね。 しかし、夜半過ぎから全身が痒くなって朝まで眠れませんでした。なぜに? 8月28日(火) マレにあるニットデザイナーさんのアトリエに注文しておいた衣類を取りに。6月の終わりに注文して、待つこと2ヶ月。うん、やっぱり手編みの風合いってたまりませんね。ざっくりしたマフラーとおしゃれ用ニット、どちらもかなーり繊細な作り。こりゃあ冬が楽しみでござい。そういえば同行した友人は私がこのニットを注文した日にフランスの地に降り立った人でした。彼女は仮面や装飾をテーマにした作品を作っているアーティストさん。デザイナーさんに作品の写真を見せみたら、デザイナーさん、かなり関心を示した様子。感覚が鋭い人同士で反応し合って、そしてパリで新しいコラボが生まれるといいね。カフェに寄って貰ったばかりのマフラーを首に巻き付けご満悦(でも暑い暑い)です。 さて、家に帰って昨日もらったムール貝の処理。なんせ、1キロもあるので処理(といっても死んだ貝を抜き取るだけ)が大変。けんども、それさえ終われば後は簡単なのです。ニンニクとエシャロットと一緒に炒め、貝が開いてきたら白ワインをどばどば。蓋をしてしばらく火にかければ、それだけで「ムール貝の酒蒸し」のできあがり。パセリを振って辛子を盛りつければ目の前にご馳走が! こんな素晴らしく美味しい食べ物が家庭で、しかも鍋一つでできちゃうなんて。 フランス、げに恐ろしき国なりね、しかも貰い物だし。ふっくらしたムール貝にちょっぴり辛いマスタード。これにまろやかなベルギービール、いい組み合わせですなあ。更にパンをムール貝のおいしさが出尽くした汁の中に浸して食べたら、あらあら。んもう至福って言葉はこの日のこの時のためにあるような気がしてまりました。ほんとにおいしいんだなあ。もう。 しかし、夜半過ぎから全身が痒くなって朝まで眠れませんでした。なぜに? 8月27日(月) 9月はフランス入国&出国ラッシュの月、そのためこの時期はお別れ会が頻繁に執り行われます。本日もさよならの会が某所で盛大に執り行われました。しかし、私の持っていった角煮はいつにもまして塩辛くて・・・ ぐすん。 この時期は入れ替わりが激しく、来たばかりの人ともうすぐ帰る人の割合が半々。初めてお会いするワーキングホリデーの方々も多くて、ユネスコで研修されている方や、とあるメゾンでパタンナーをされている方などとお話することができました。やっぱ、ちゃんと目的持ってフランスに来た人は目の奥に潜んでいる炎が違うね。おいらも残された時間を後悔しないように過ごさなくては。 来たばかりのワーホリの方のなかには、すぐに開業できるくらいのレヴェルで占いが得意な方がいらっしゃいまして、その方にお願いして手相を見て戴くことになりました。自分の手を見て貰うのは生まれてはじめてです。自分の生命線は異常なほどに短くて、それが今までちょっとした悩みだったのですが、見ていただいたところによると、実はそんなにたいしたことじゃないらしい。帰国してからの仕事も自分が望むような所に就け、出会いもこれからわんさか、金運も悪くない、とのこと。つまり万事快調らしいのです。ぉぉ、なんだか光が射し込んで参りました。フランスのぬるま湯生活も楽しいけれど、厳しい日本での寒中水泳も悪くないかも。帰国後の日本生活も楽しみになってきました。これが占いってやつなんだなあ。 帰りはあまったムール貝を1キロほど戴きました。家に帰って酒蒸しにしようっと。 8月26日(日) 明日はパーティーなので角煮の仕込み、パスティスどばどばです。一年フランスに居て、自信持って人様にお出し出来る料理が角煮のみ・・・ うーむ・・・ 他のスペシャリテも編み出せば良かったなあとは思いつつ、お味噌汁も未だに作ることができない人が、他人が食べても死なない料理を作れるようになったというだけで素晴らしいではないですか、と自分を甘やかします。 自分が料理をするようになったのは、とにかくお借りしたお宅の設備の素晴らしさのおかげ&フランスの食料品の安さのおかげであります。角煮やその他もろもろの煮物に大活躍した圧力鍋、面倒くさいみじん切りをサポートしてくれたフードプロセッサー、いらない食材にホワイトソースとチーズをかけて突っ込めば勝手にグラタンが出来上がっているオーブン。その他コーヒーメーカーや、電子レンジ、文明の利器のおかげで美味しい食べ物を沢山作り出すことができました。そういや炊飯器もあったのに結局一回もご飯を炊かなかったや(炊きたてご飯の臭いが苦手なため、かといって冷や飯も食べることができない)。 そして食材! 肉も野菜も安くて美味しいのはもちろん、バラエティに富んだ冷凍食品には何度も助けられました。スーパーで10フランちょいで売られているきのこ詰め合わせの冷凍。バターと醤油で適当に炒めれば美味しいおつまみになるし、チキンコンソメの中にタマネギと一緒にぶち込めば美味しいスープになるし、とにかく便利、しかもキノコはノーカロリー。そして海の幸詰め合わせ冷凍セット。エビやあさり、イカにホタテ。炒めて魚スープにぶち込めば、即席ブイヤベースになりますし、米と一緒に炒めれば即席リゾットにはやがわり。この国は外食さえしなければ、自炊する手間さえ厭わなければ、食費は一週間に100フランで大丈夫。だから月に500フランあれば、ビール買えて、チーズ買えて、ケーキ買えて、、、とかなり贅沢な食事ができるのです。ああ、こんな美味しい食べ物の国を離れるのはつらいですのう。なーんて、食に関する思いをあれこれ巡らせていたら、角煮を煮込みすぎて固くてしょっぱくなりすぎてしまいました、あらあら。 8月25日(土) 自分を含めてこの頃は帰国ラッシュですなあ。週明けに開かれる友人のお別れパーティーのために、午前中は角煮用に豚のお肉をまとめ買い。午後からは来週帰国してしまう女子大生ちゃんとともに、アレジアのデザイナーさん宅を訪問。FLOで買ってきたチョコを食べながら、そしてデザイナーさんが作っていただいた特製りんごクランブルを食べながら、無駄話に花を咲かせます。 パリの出会いというものは、ほとんどが偶然によるものでありました。そう考えると、自分は本当に運が良かったなあと思います。数々あった困難も、周りの人の助けや知識に支えられてなんとか乗り切ることが出来ていました。もし、これらの出会いがなかったら、自分はもっと前にフランスに挫けて、泣きながら荷物をまとめて日本に逃げ帰っていたことでしょう。生まれつき運が良いことだけ取り柄の自分ですが、フランスに来てその出会い運の良さに心から感謝している今日この頃であります。ただ、フランス人の知り合いがいればもっと言葉も上達したかもな・・・ なーんてことを考えたりしましたが、いまさら欲をだしてもしょうがないよな。 8月24日(金) オペラあたりをうろうろしていたら、妙に日本語の上手なおっさんに話しかけられました。 一緒にお茶でも飲みにいきませんか?と言うのです。うーむ・・・ あやしい以外になんと形容すればよいのかしらん、とにかくこういうおっさんは無視するのが一番です。おお気持ちが悪い、気分が悪い、家に帰ったら塩をまきましょう。すたこらさっさと早足でやりすごします、が、このおっさん、かなりしつこくついてきます。「ワタシハニホンデウマレマシタ」「ライゲツカラ日本に赴任デス」「ボクノココロノフルサト、ソレハナカメグロ」「コレヲキカイニトモダチニナリマショウ」と、流暢に絡んで参ります、うぜえ、あっちいけ。しかし、奴の一言が私の足を止めました。「アツイカラビールノミマショウ、ハチミツイリノビールヲノミマショウ」 ! !!! ビール! しかもハチミツ入り! うぉぉ、うまそう、飲みてえ。「アソコノカフェデノミマショウ」「モチロンワタシノオゴリデス」 思わず唾を飲み込んでしまいます。おっさんの指さしたカフェはオペラ座の隣、cafe de la paix。内装はガルニエの由緒あるカフェ。とにかくなんでもかんでも高いお店。こんな店でお酒のんでいいんすか? ほんとに奢ってくれるんすか? もちろん喜んでついていきますよ。お酒がタダで飲めるんだったらどこへだって行きますですよ。 で、そのカフェでハチミツ入りビールというものを戴きました。うん、ほんのり甘くてこってりしてて美味しいですねえ。1杯50フラン強っていうのが気になりますが、奢りなのでどうでもいいや。おっさんは、ホントかウソかは分からないのですが、9月から東京の体育大学でラグビーの監督をするそうな。月給は手取りで100万円で、エアフランス乗り放題のチケットを持っているそうな。「ダカラソノチケットデイッショニタヒチヘイキマショウ」「ヒロオノマンションハトテモヒロイデス、ヒトリジャスミキレナイ」「アナタノヨウナウツクシイヒトニアエテヨカッタ」などなど、右耳から入って左耳から抜けていくおっさんのたわごと。無視していればビールは美味しいです。 んで、しばらくお話していたら、おっさん、なんかしりませんが顔が青くなってきました。? 「チョットトイレニ・・・」と言い残してトイレに行くおっさん。けれども、そのカフェのトイレ、ちょうど清掃中だったらしく入れなかったようです。「ホカノカフェニイッテトイレヲカリマショウ」だそうです。んー よっぽど切羽詰まっているらしい、たいへんだね。二人で100フランちょっとの代金を払って貰い店をでます。おっさんは南仏から来たばかりでパリのチリに詳しくありません。なので私がおっさんを別のカフェに案内することになりました、急がなきゃ、急がなきゃ、と妙に焦っているおっさんを見ると、脂汗をかいており、呼吸はなんか妙に荒い。うーむ、いくらなんでも体の変化が急激すぎます。なんか毒でも飲まされたような・・・ むむ! 毒! もしかして、もしかすると・・・ このおっさん・・・ 「ごめんなさい、私、この辺にカフェがあるって思っていたんだけど、バカンスでお休みみたいなの、どこかにカフェはないかしら?」と試しに言ってみました。ら、そのおじさん「マママママチキレマセン、ボク、ジブンデサガシテキマス、アナタハココデマッテイテネ、ヤクソクデスヨ」と言い残して、走ってどこかに行ってしまいました。やはり・・・ そう、このおっさん悪人のくせにドジっ子さんだったようです。きっと学生の頃はトーストを口に銜えて「ちこく ちこく」って言ってたようなおっさん。おいらのビールに毒を盛るつもりで、自分のグラスに盛ってしまったおっさん、そんなおっさんはあほ以外の何者でもありません。かわいそうに、、、今頃トイレの中で呻いているんだろうなあ。。。 つか、やっぱ知らない人についていったらやばいこともあるんだなあ、タダ酒って魅力的なんだけどなあ。パリは危険がいっぱいですのう、まぁ今回はラッキーだったということで。 8月23日(木) アリゼちゃんはこの頃沢山喋っているように思います。パチもんのロリたんのブレイクに焦っているのでしょうか? デビューしたてのころは、ほとんど全ての質問に対して「ひ・み・つ うふっ」と答えていたのになぁ、そこがたまらなくキュートだったのになぁ。この頃は歌唱力は棚に上げておきながら「アーティストとしての豊富」みたいなのを語りはじめちゃってます(何言ってるのかわからないから憶測)。やっぱり肉ばっかり食べてる国の子だけあって、体も心も成長が速いのかしらん、そんな焦らなくてもいいのになぁ。ま、別にいいんですが・・・ なーんてことを考えながら朝ご飯を食べていたら、アリゼたんの新作PVがお茶の間に。 う・・・ なんかまあ、なーんかまあ、なんかエロいのです、ポロリとかがあるわけじゃないのですが、とにかくエロいのです。バルテュス映像版って感じでしょうか。アリゼたんの濡れた唇のアップからはじまるこのPVでは、白い服をお召しになったを少女たんの集団が森の中で走り回ったり、少女たんの集団が過剰にじゃれあってからだをぺたぺた触り合っていたり、少女たんの集団がマシュマロやさくらんぼやイチゴを不自然な姿勢でお口いっぱいにほおばっていたりするという直球ど真ん中の構成。さらにさらに少女たんやアリゼたんの映像の合間には、縦に半分に切った熟れ熟れざくろやイチゴやキウイ、なぜか包丁がぐっさりと突き刺さってるスイカ(包丁の刺さっているところからは果汁がどろり)、などなどのアップ画像が差し挟まれておる始末。ここまで露骨だとメタファーとかそんな呼び名で呼べたものではありません。朝っぱらからこんなお宝見せられたら、んもう、どうしましょう。練乳かけて♪なんて歌にドキドキしている場合じゃないっす、マジで。ほんともう、アリゼたんはどこへ行ってしまうのでしょうか?てっきり西田ひかる路線で行くものだとばかり思っていたのに・・・ 8月22日(水) 昨日手に入れた情報をもとに、近所のセキュリテ・ソシアル窓口に加入の申し込み。ビザのコピー、給与明細、労働契約書、パスポートのコピーを持っておそるおそる窓口へ。いつものとおり「滞在許可証がないからダメ」と言われ門前払いをくらいそうになりましたが、もうこの問題で揉めるのには慣れっこ、上手に説明して簡単にクリアすることができました。やっぱ大切なのは慣れなんだね。 けんどもやっぱりだめでした。「パスポートのコピーじゃなくて、戸籍抄本じゃないとダメ。あなたのお父さん、お母さんの名前がわからないと保険には加入できないよ。日本から送ってもらってね、もちろん翻訳してね」とのことでした。アロカシオンみたいに簡単には行かないのですね・・・ しょぼん。 しょんぼり肩を落としながら帰宅したらポストに紙切れ。郵便局に書留が届いているから取りに来てよん、との通知です。やた!日本から戸籍抄本です! なんとすばらしいタイミングなのでしょう。早速郵便局へ抄本を引き取りに伺い、その足でシャンゼリゼにある日本人会へ法廷翻訳(オフィシャルな書類をフランスのフォーマットに乗っ取って翻訳してもらう)の申し込みに。これだったら月末までに加入できるかも・・・ 心おきなく帰国できそう・・・ と思ったら。あらあら、なんとバカンス中につき、法廷翻訳のできあがりは9月中旬になってしまうとのこと、うむむむむ。日本大使館だったら中3日ほどで出来上がるとのこと。しょうがないので、大使館に・・・ と思ったら、すでに大使館は閉館のお時間。もったいないなあ。 なんか腹が立ってきたので、近くのラデュレでクィーニーアマンを買って、むしゃむしゃほおばりながら歩いて帰りました。 8月21日(火) 郵便受けにまた「保険入れや、ゴルァ!」の手紙、もうすぐ帰るのに・・・ 実家に頼んだ戸籍抄本が届くのにはしばらくかかりそう。入国したらすぐに入れるようにしておけばねえ、いいのにねえ。。。めんどうくさいなあ・・・ 夕方から語学学校で知り合った友人のお別れ会。一足先にフランス入りしていた彼女には、他のワーホリの子や面白い人、とにかくいろいろな物事を教えていただきまして、フランスに来たばかりで誰も何も知らなかった私は、彼女のおかげで非常に不安が和らいだものでした。そんでまた帰国も一足お先。本日はマドレーヌにあるビストロでほかの友人達と共に夕食会です。 集まった友人達はほとんどワーホリ。南仏のユースを一軒一軒「仕事はありませんか」と尋ね廻り、なんとかカマルグのユースで雇って貰った人、得意の編み物を生かしてデザイナーさんの下で編み物職人として働き、そして今は学生ビザでフランスに滞在している人、日系デパートで観光客の方を接客している人、そしてなんだかわからないままダラダラと一年居続けている私、などなど。みんな様々な形でフランス社会に入り込み、生活を謳歌しております。みんなとの出会いの一つ一つが私の血となり、肉となり、そしてきっと後の私を支えていくのでしょう。それだけで、やはりフランスに来てよかったなあ、なんてじゃがいもをほおばりながら(本日のレストランはフランス南西地方の家庭料理専門店なので、何もかもにイモが入っている)思ったりしてしまうのです。 んで、なぜかワーホリなのにアロカシオン(生活保護)を貰っている人や、ワーホリから学生ビザに切り替えた方々がいらっしゃいましたので、フランスの役所事情についてちょっと相談。んでいろいろ伺ってみたら、なんと今のフランスではアロカシオンの申請に戸籍抄本は必要ないのですね! 初めて知りましたよ。パスポートのコピーさえあれば楽勝なんだそうです。ってことは、戸籍抄本ナッシングでもセキュリテ・ソシアルも加入できるってことっすかねえ。こりゃ楽だ。早速明日新生紙に行ってみよう。 |