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9月20日(木) 久しぶりに自分の部屋でゆっくり睡眠。目を覚ましたら17時(フランス時間10時)! うむむむ、おそるべきホメオスタシス。 一年ぶりの地元には、スターバックスが2軒もできて(3軒目も建設中)ました。1年はあっという間のようでいるけれど、やっぱり長いものなのです。明日の派遣会社の登録のため24時就寝。一日は短いっす。 9月19日(水)ただいま エコノミーですが一番前の席が取れました。わーい、幅は狭い座席ですが、遠慮なく足が伸ばせます。 靴を脱ぎながらいろいろと一年間を思い起こします。やっぱり自分のフランス訪問は非常にタイミングの良いものでありました。1フラン=14円の時にまとめて両替しておいたおかげで、なんとかかんとかやっていけました。アリゼたんブームとともに始まったフランスにおける歌舞音曲ライフも、一発屋Modjoデビュー(ほんとなんとかしてほしい)、Daft Punk新譜、MCソラーおじちゃん新譜、Air新譜、タヒチ、フェニックスの逆輸入開始、モーニングライブ(俺の中でのみ)大ブーム、アメリー・プーラン大ヒット、Eiffel発見、ジネコ新譜、ロフトストーリー大ブーム、Mのライブ盤なかなか!。などなど、Daddy DJが朝倉大介そっくりなのにショックを受けて寝込んでしまうというハプニングもありましたが、ベックちんとも頬ずりしたし、間近でみたエッフェルもタヒチも素敵だったし、DIVINE COMEDYのような立ち位置が日本でいうところのMr.BIG的な人々がいることも分かったし、マノ・ネグラ好きとマニュ・チャオ好きは一致しないというあたり前のことも含め沢山のことを学べましたし、とにかくかなり充実したものになりました。運が良いとは素晴らしいことです、この勢いのまま年金もらえるまで頑張りたいものですよ。 自分はいろいろな文化や価値観が混ざり合って、へんてこりんなものができる課程がもの凄く好きです(アフリカ文化やフォービズム、キュビズムなど節操無く取り込んで発展していった1905年〜1936年あたりの文化が好きなのもそんな理由からだと思います)。同じように、世界中からいろんなものの「おいしいところ取り」をして、自分たちの気持ちいいようにアレンジして新しいものを作っていく現在のフランス文化に素晴らしさを感じます。東洋の思想を無理矢理自分たちの都合のいいように持ち込んで「ZEN」とか名乗らせてしまう厚かましさや、ライでもケルトでもエレクトロでも、目に付いたものを切り取って、センス良くパッチワークやコラージュをして全く新しいものに生まれ変わらせていくリサイクル術に尊敬せずにはいられません。そしていつも堂々としている。 日本も同じように、いやフランスよりも狡猾に綿密にものを作っているのに、いつも妙に卑屈であります。せっかく出来た素敵なものなのに「本場の○○では〜なんですけどね(知っているけど敢えてやってみました)」、「最大公約数的なものを○○(ほんとはもっとクオリティの高いものを作れるんですけど)」といつも言い訳がついてまわっている。作りたいもの作ったならもっと堂々としていればいいのに、言い訳なんてしなくていいのに。なんてことを日本で言ってみたら「フランスかぶれ」とか言われてしまうのかしら?まぁいいや。 寝て、起きて、寝て、起きたらすでに成田。1年ぶりの日本は暑い! なんという蒸し暑さ! 同じ地球とは思えません。久しぶりに手にする日本円はずっしりと重たく、テレフォンカードは薄っぺらでおもちゃみたいです。弟が成田までわざわざ車で迎えに来てくれ、そして帰宅するとお寿司がお出迎えしてくれました。ベタですけど美味しいです。これが日本というものなのですなあ。 9月18日(火)さようなら 本日がフランス最終日! なのに全然そんな気分がしません、明日からも永遠に学園祭前日な感じが続いていきそうな、そんな感じ。1年ってほんとあっという間なんだね。。。 ということで、手配していた航空便の代金を支払いに朝一番でピラミッドまで。予想以上に支払いの手続きに時間がかかってしまい、昨日と同じくお菓子食べ歩きの約束をしていた友人とノートルダム寺院前で会うことができませんでした。到着したのは待ち合わせの時間の一時間後・・・うむむむむ、ごめんなさい・・・次の約束の時間も迫っており、何もせずに帰るのも勿体なく、一人でベルティヨンまで行ってキャラメルアイスを注文。本日は極寒ですが、でもやっぱりベルティヨンのアイスは美味しいっす。それにしても最後の日なのに友人と会うことが出来ず残念・・・ その後部屋の暖房を消し忘れていたことに気がついて、シテ島からバビロンの部屋まで一瞬戻り、それからバスチーユまで出て以前から連絡を取り合っていた編集者さんと待ち合わせ。昨日日本からやってきたという編集者さんは、これから約一ヶ月をかけてガイドブックのための調査をされるそう。今まで歩いて調べた(というほどのものだろうか???)資料を渡して、ランチを食べながらまったりトーク。やはり一線で活躍されている方とお話するのは非常に刺激的で楽しいものです。帰国にあたっての助言もいただき、明日からの日本が楽しみになってきました。 んでもってオステルリッツ経由でバビロンまで戻り、仲良くしていただいたデザイナーさんから、日本に出荷する用の服をあずかり(郵便状況がかなり不安定なため、私が注文分の服を自宅まで持ち帰り、そこから宅配便で配送することになった)、それらをスーツケースに詰めようやく一息、5分間休憩です。ふぅ。 休憩終了、そういえばケーブルの解約をするのを忘れていました。急いで「やめたいんです、つうか止めさせろゴルァ」な文章を書いて郵便局に走り書留で送付。そういえばモデムはレンタルだったような・・・ あれ? どうなるんだろう? 大家さんに事の経緯を連絡しておいて、日本からなんとかしよう、時間ないし。と、そんなこんなでそろそろ出発なのですが、荷物もってみたらあんまりにも重くてぎっくり腰になりそう。仕方ないのでタクシーで空港まで移動することに。とほほ余計な出費。 空港のチェックインを済ませ、ようやくゆったりする時間ができました。フランス最後の食事はクイック。日本は狂牛病パニックとのこと、実家の家族はヘタレさんが多いので、きっと帰国後3ヶ月ぐらいは肉を食べることができなさそう、なので今のうちに食いだめしておかねば。 それにしてもほんとに最後なんだなよねえ・・・ いまだに信じられないっす。これから飛行機に乗って、ちょっと寝て、ちょっと起きたら、そこはもう蒸し暑い日本なんですよねえ。実感が湧きません。フランスに行く前も実感湧かなかったけど、それ以上に今ここにいるのが他人事に感じられます。すべてが自分の上を素通りしていってるような感じです。 そんなとき、ふと携帯に着信。バーガーをむしゃぶりつきながら出てみると、なんと知人からのお別れ電話でした。 泣いた。 人前なのに、涙ぽろぽろ出てしまいました。滅多なことでは泣かないというのに。今までつらいことがあっても悲しくなったりしなかったのに。ただの電話一本でこんなに涙腺がゆるむとは。年を取った証拠なのかも知れません。帰国の現実がくっきり自分の前に現れてきました。ああ、私は帰るのです。。。泣きながらバーガーを食べているので(感傷と食欲は別物)塩味がきつくなって困ります。ポテトはケチャップつけなくて便利なんだけど・・・ 一年のフランス滞在で、言葉がペラペラになれたわけでも、溢れるほどの知性を身につけたわけでも、自分一人でログハウスを建てられるほどワイルドになったわけでもなくて、ただなんとなく1年間を過ごしてしまったわけなのですが、それでもやっぱり、日本では決して会うこともなかったような人々と出会い、交流できたってことだけで、フランスに来てよかったと思えます。そんな中の一人が、わざわざ料金高いのに電話までかけてきてくれるなんて(フランスの家→携帯は目玉が飛び出るほど高い)、自分は本当に恵まれていたのだと思います。いろいろ山も谷もあったけど、一人ぼっちじゃなかったから楽しく過ごせたのだと思います。電話をしてきてくれた人だけじゃなく、フランスで私と言葉を交わした全ての人々に感謝したい気分です(でもやっぱり一年分記憶を掘り起こすのが面倒なので気分だけにしておく)。ああ、でもそろそろ時間です。ゲートをくぐって行かなければなりません。近いか遠いか分からないけれど、私はまたこの空港を利用するでしょう。しかし今日のように、鼻水を大量に垂らしながら金属探知器をくぐり、係員のおっさんに変な顔をされることは、もう二度とないはずです。ティッシュもハンカチも預けたスーツケースの中という失態も、もう一生しないはずです(袖口がびがび)。一年の経験は自分の未来にどのように生きていくのかまだ分かりませんが、とにかく新たなるチャレンジの第一歩がまたはじまるのです。23時30分の便で日本へと向かいます。 9月17日(月) 現在滞在中の貸部屋にこないだまで住んでいた元お隣さんとケーキ屋さんめぐり。この間まで南仏で語学勉強に勤しんでいた彼女は、日本では主にコンビニで売るデザートなどのお菓子プロデューサーだったそうで、帰国するまでの少しの間、パリの名店と呼ばれるところのケーキを毎日のように食べ歩き、菓子研究の毎日を過ごすんだそうな。んで、沢山のケーキを一人で食べていくと大変なことになってしまうそうなので、朝ご飯を抜いたおいらが試食のお手伝いに呼ばれて、いや立候補したというわけです。本日チャレンジするお店は左岸にきらめくジェラール・ミュロ本店。ここのお菓子はとにかく色使いが美しくて(もちろん値段もお高くて)、ウィンドウ越しに見つめるだけでお腹いっぱいになっていたものでした。日本でももちろん食べたことがないですし、貧乏人にはご縁のないところ、、、と勝手に思っていたのです。そんなんですから帰る直前に食べることができて、本当にラッキー。 お店でキラキラ輝くケーキを3つほど選び、そのケーキをリュクサンブール公園まで持っていって青空をバックにケーキ撮影大会(後のレポート用)。さすが食べ物のプロさんだけあり、撮影のテクニックがひと味違います。食べ物を美味しそうに撮るには、とにかく周りがどんなにボケボケしていても無視して食べ物の中心に向かってピント一点ギリギリに集中、そして軽い逆光。こうすればどんな食べ物でもカフェめしっぽく写るんだそうです。そうなんだぁ、、、、飛行機の機内食や、カフェのランチや、自分の作った角煮やら、いつもいつもきれいに撮ったつもりでも現像してみると美味しさ70%減だった理由が本日になってやっとわかりました。やっぱヒロミックスに憧れて買った7〜8年前のビッグミニじゃあなあ・・・ 次に食べ物を撮るときはちゃんとした一眼レフで撮りたいもんです。で、試食!!! いちじく美味しい!!! そんなグルメな午前中を過ごしたあとは、フランスに住んでるくせにイギリス好きの知人とともにボンマルシェのイギリスフェアへ。日本で例えると日本橋三越の北海道物産展みたいなものでしょうか。店中に溢れるユニオンジャック、素敵な革靴、オシャレなロンドン服、酸っぱいポテチ、んー、やっぱイギリスええわ。一年フランスに住んでたわたくしが言うのもなんですが、やっぱいいよイギリス。前歯が出てても品がありますもの、イギリス男子は。自分へのフランス土産にユニオンジャックなTシャツ購入。ああ、フランスに住んでる男子がみんなイギリス人だったらなあ。 んで、夕方はフランス最後の夜ということで、オデオンにあるこじゃれたブラッセリーで最初で最後のフルコース。お値段も雰囲気も大衆的なのにものすんごい美味しいことで評判のこのお店、早い時間に行ったのでなんとか席がありましたが、後から客がどんどんどんどん入ってきてびっくりさ。隣のテーブルのおじいちゃんはとっても陽気で、不思議なフランス語でがんがんがんがんまくし立てておりまして(完璧なヒアリングは一年では無理でしたが、イントネーションの違いや訛りなどを聞き分けられるようになったのは成長と呼んでよいものでしょうか?)、よくよく話をきいてみるとなんとペルー大使さんでした。やっぱラテン国の大使さんはラテン人なんだなあ。 その後はマビヨンのカフェで食後のコーヒー。最後の日に食べてばっかりっていうのが、自分の一年間を思いっきり象徴している感じです。ああ、いよいよ明日は帰国です。 9月16日(日) スーツケースが大分重たくなってきて、自分用のお土産に軽めのものしか選べない状態になってきました。とりあえずの老若男女問わず用土産には石鹸を選んでみたのですが(無難にロキシタン)、どうやらそれがまずかったみたい。石鹸は一つ一つは軽くて場所を取らないのですが、集団になると非常に重たくて臭いし場所も取るという難儀な暴走族土産です。なので本日は日曜日でも営業しているインド人街で軽くて安いスパイスの買い込み。しっかしスパイスの国だから絶対安く手に入ると思ったのですが、サフランを売っているお店がなくてびっくり。インド料理には使わないみたいで(もしかしたらサフランという単語ではない別の名前で売られていたのかも)、日本の米でサフランライス腹一杯という野望は頓挫です。仕方ないのでガラムマサラとチャイ用屑茶の大量買い。カレー粉はキロ単位のものばかりなのでやむなく断念っす。もう少し早く来ておけば船便荷物のなかに入れられたんだよなあ、もったいない。 夜はサンジェルマンまでクスクスを食べに。パリのクスクスは、中近東からやってきた移民の人々が少しずつ味を洗練させていったものだそうで、モロッコやアルジェリアのそれとは全然違う味なんだそうです。あっちのクスクスはいったいどんな味なのかしら? クスクスを食べながら思いを馳せます。フランスに来てアフリカや中近東、アジア、それぞれの国とそこからやってきた移民の人達の文化を学べたことは、自分にとって非常に大きな収穫でした。ただの旅行者としてパリにやってきて、そして名物としてクスクスを食べていたら、思慮浅い私のこと、きっとそのクスクスの後ろ側にある出来事なんて考えもしなかったでしょう。フランス語がペラペラになったわけでも、なんかのディプロムが取れたわけでもないけど、自分の中では1年前とは違う変化が起きていることが分かります。ワーキングホリデーという制度は、知恵の周りが遅い者には非常に有効な制度だと思います。異文化の中を自分のペースで泳いでいけることの素晴らしさを、もっともっと堪能しておけばよかった(もうおそい)。 日本にも美味しいファラフェルやクスクスを食べさせてくれるお店があるといいんだけどなあ・・・ 9月15日(土) 本日はパリの東、7区の先っぽで共産党まつりが開かれています。フランスの共産党は結構勢力が強いので、イベント出演人もなかなか豪華。愛するエッフェルやマニュ・チャオ(マノネグラのボーカル)など、普段だったらどんなことをしても行くメンバーばかり。なのになのに、こないだの事件の影響でどうしても人がいっぱいいるところに行く気になれないのです。もうしばらく時間をおけば、きっと何事もなかったかのように元気にイベントに通えるようになるのでしょうが・・・ きっと日本に帰ってから後悔するんだろうなあ・・・ でもでも、やっぱり、なんというか、ヘタレの自分は足がすくんでしまうわけです。行ったら行ったで楽しいのは分かっているんだけどねえ・・・ んで、この悲しみをバネにして喰いに走ることになりました。ポンピドゥーセンターの裏側、サンドニ方面にはものすごいボロい建物ばかりが犇めいている集落があります。ここらへんの住人は中国から来た方々ばかり、中華街と呼ぶにはちと規模が小さすぎますが、細い路地には中華レストランというか中華食堂が連なっております。一帯お店群はフランスの中華には珍しく、麻婆豆腐を取り扱っているんだそうで。今まで勝手に無いものだとばかり思っていたピリ辛中華、なんだぁ、ピリ辛も探せばあるんじゃん。たのんでみた麻婆豆腐はもちろん本場の味でした。豆腐ももちろん美味しいし、とろっとしたあんの味具合もなかなかのもの。もっと早くに来ておけば・・・ って、メニュー見たらこっちにも餃子あるじゃん!しかも頼んでみたら美味いし!さらに追加で頼んでみた排骨麺がおいしいのなんのって! フランスで久々のかん水入麺、のどごしの良さから、思いっきりズルズルやったのですが、口のラーメン筋が退化してしまったらしく、胃まで吸い込めず、麺が食堂の途中で泊まって窒息しそうなってしまいました、が、んまいんまい。やっぱり、パリの食は追求の手を緩めてはならないものなんですのう。。。 で、満腹のお腹をさすりながらテレビを見ていたら、ジャメルが自分のDVDの宣伝のためにトーク番組に出ていました。ジャメルは自分がイスラム教徒であり、それを誇りに思ってはいるが、今回の件は狂信者が云々といったトークを熱く語っていたっぽいのですが、いかんせん私の聴力と、彼の山下清フレンチの相性が非常に悪かったようで、結局何を言っているのかさっぱりわかりませんでした。たぶん、面白いことも言ってるんだと思うんだけど・・・ テレビも暗い話題ばかり取り上げ、来週に行われるテクノ・パレードもMacExpoも中止となり、道ばたのゴミ箱は封印されて使うことができず、鬱屈した雰囲気が街中に漂っています。この世はいったいどうなってしまうんだい、ってな感じ。無事に帰ることが出きるのかしらん・・・ そそそそそれにしても、フフフフランスのほほほほ放送コードはゆゆゆゆゆるくてててていいいいいいなああああああ。 9月14日(金) 18区から6区に移動して一番驚いたのは、道を歩いている男子のレベルの高いこと。ヘテロさんなのに服装に気を使っている男子がこんなにも沢山いるなんて。色が白くてやせっぽちのギムナジウム入院系美青年達が、やばいおじさんに無理矢理拉致される心配などせずに、普通に道をひょこひょこ歩いているのです。こないだまでは、もう一度パリに住めたら人情味溢れたまた18区に住みたいものだ、と考えていたのですが撤回します。やっぱ美しい男子達のパラダイスである左岸に、できることならサン・ジェルマン近くに居を構えたいっすよ。なんすかこの街の違いは! 1年間、私はいったいどこを見ていたというのでしょうか。毎日左岸に通い詰めていればよかったよ。左岸のカフェで読めもしない哲学の本とか小脇に抱えてうっとりヒューマンウォッチングに洒落込んでおけばよかったよ。一番大切なものはこっち側にあったんだなあ・・・ そんな美少年への思いを一人ぶつぶつと呟きながら荷物を整理していたら妊娠検査薬が出てきました。一年前の今頃、親切な友人達が餞別として持たせてくれたのです。もちろん未使用未開封。。。 いちねんかん、変な人にひっかからず、変な病気ももらわず、品行方正にスクスクと育ったわたくし。小学生でしたら表彰状をいただけるのでしょうが、すでに妙齢のわたくし。この状況を喜んでいいのか、悲しんでいいのか、とほほほほほほほほほほ。しかし捨てるのももったいないので、この薬を新婚友達プレゼントしに行くことにしました。もらった友人もお困りの様子、まあいいや。いつかきっと使うときが来るはず。大事な時は日本語の説明書の方がうれしいもんですって。と、自分のおせっかいを正当化してみるのは、やっぱりどこか虚しいと思っている自分がいるからなんでしょうね。。。ぐすん。 んで、新婚友人とムフタールでディナー。入ったレストランのウェイターさんは、腕中に傷があって、呂律が回らないなかなか愉快な人でした。フランス最後のブーギニョンを食べながら思い出話に耽り、喋り足りないのでオデオンまで降りて一杯ひっかけつつおしゃべり。ピガール周辺とは違って、やっぱりこっちの夜はノリが若い。時期的に新歓コンパ系の集団(パリ上京したて)が多く、道でもキョロキョロカフェでもキョロキョロしている子達が道に溢れています。彼ら、彼女らもこれから立派なパリジャン、パリジェンヌになっていくのかと思うと、そして彼ら、彼女らの成長っぷりを拝めないかと思うとちょっぴり切なくなってきます。わたしも一年で何か変われたのかしら?自分ではさっぱり分かりません。 9月13日(木) フランス土産にこつこつとCDやDVDを買いまくっているのですが、どこの店にも置いていないものがあります。それは愛しのクロクロこと、クロード・フランソワ大先生のDVD。生まれて初めてクロクロ様のダンスをテレビで見たとき、その過剰なまでの爽やかさに飲みかけの珈琲を鼻から吹き飛ばしてしまうほど衝撃を受けました。パンチの効いた歌声、過剰なほどの金髪碧眼、意味もなく後ろで踊る女子達・・・ 彼の歌う「コム・ダビチュード」は「マイ・ウェイ」としてカバーしたシナトラよりも布施明よりもエロティック。触られただけで妊娠してしまいそうな彼の踊りと歌声はあまりにもハレンチすぎて、当初わたくしは彼を冷めた目で眺めていたものです。 しかし、もう死んでしまった人なのに、フランスのテレビは週に1度はクロクロの踊りを必ずテレビで放映する始末。テレビばかり見ている私には、彼を避ける術はありません。そんなこんなで二回、三回と見ていくうちに、いつのまにか彼の踊りのにひきつけられ、そして虜になってしまったのです。後ろに女の子をはべらせ、熱唱するクロクロ、ああ、彼の踊りを完璧にマスターして、クロクロの素晴らしさを日本へ伝えなければ・・・ そんな思いで先日、フナックのサン・ラザール店に行ってみたのですが、店員さんに「あのう、クロクロ様のDVDを探しているんですけど・・・」と話しかけてみたら、「プッ、クロクロ?」と鼻で笑われ、「ねえ、このお客さんクロード・フランソワ(プ)のDVD探してるそうなんですけど、プッ」と別の店員に回され、そして回された店員も「クロード・フランソワ? ププ、この店にはないですねえ プププ」と明らかにバカにした態度。非常にむかつきました、なんなんだー 人の趣味にケチつけるんじゃありませんよ! ぷんすかぷん。 んで、本日サン・ミッシェルのCD屋さんに探しにいったらなんと、店の一番前に置いてありました。最初からこの店に行っておけばよかったよ。 そんなホクホクしたお買い物の後は、ポンピドゥーでデュビュッフェの回顧展。デュビュッフェの、いわゆるアール・ブリュットを唱えはじめる前の作品を間近に見るのはこれが初めて。40歳前と後では作風が全然違うのに、空間にぎっしり情報を詰め込む作風という点では全く変わっていないのが驚きです。 んで、本日の夜はポンピドゥーの地下でジミ・テナーがはるばるやってきて、DJまつりが開催されると聞いていたのですが、ちょっと遅れて地下に降りてみたら、イベントは行われておらず、お客さんも係員も誰もおらずゴーストタウンのようでした。すぐに終わってしまったのかしら? テロのおかげで中止になったのかしら? どっちなのかはわからないけど、生メガネを拝んで踊ってみたかったのになあ・・・ テクノパレードも中止らしいし、ほんと環境がどんどん暗くなっていくのでイヤンな感じ。帰りはファラフェルとイスラエルビールの食べ納め。日本でも美味しいファラフェルに再び巡り会いたいものです。 9月12日(水) 朝起きてテレビをつけてみると、昨日とは別の角度から飛行機がビルに突っ込んでいく模様が何度も何度も繰り返して放映されていました。日本のサイトで見た飛行機11機行方不明というのは、翻訳ミスだったようでほっと一息。けれどもいっぺんに4機も・・・ いったいこの世はどうなってしまうのかしら。 そういえば、宿の周りはいつにもまして警官が多いようです。街中のゴミ箱は早速使えなくなり、歩いている人もどことなく暗い。つかおいらの乗る飛行機はちゃんと飛ぶのだろうか、また何かあったらどうしよう・・・ と、世界を憂いながら午前中は銀行へ。自分は当座預金&カルト・ブルー(デビットカードみたいなもの)をフランスに来たばかりの頃作ったのですが、なんとまあカードのパスワードを忘れてしまって(こっちの国では自分でパスワードを決めることが出来ない)、小切手で払っていたCATV料金以外、全くと言っていいほどこっちの口座を使っていなかったのです。加えて敷金が手つかずで戻ってきましたので、現在口座の残高は1万フラン強ほど。このお金の処理のために、本日銀行の担当さんにアポを取ったのです。 一年前の今頃、1フランは14円でありました。そして現在1フランは17円。なにもしていないのに、一年で14万円が17万円になりました。ほんといい時期にフランス来れたもんだよ。このまま口座を解約して、日本で借りるアパートの敷金の足しにしようか・・ 部屋借りれなくても17万円あったら、半年は無職でいられるし・・・ と考えたりもしたのですが、昨日からのこの騒ぎ。そして未来のない低金利の日本。日本だったら銀行に預けていても全く増えない微々たる金額ですが、フランスだったら、このぐらいの額から運用できるはず。いつかまた長期でフランスに来れる機会があったときにも、ビザ作るときにも、アパート借りるときにも、口座があった方が何かと楽なはず。そういうことで、当座に残されたお金をもとに、金利がよさげで(といっても4.5%だけど)一番解約しやすい住宅積み立てに移して、財テクに励むことにしました。日本で働き口が見つかって、そして貯金が出来る余裕ができたら、フランスに送金して貯蓄額を増やしていきたいものです。っていうか、日本がダメになって全財産をフランスに移さざる日が、そう遠くない未来に来るような気がしてならないよ。 午後は道で偶然会った友達と(銀行のあるピラミッド周辺は日本人ばっかり、なので知り合いに会う確率もぐんと上がる)、モノプリの裏にあるビオカフェで山羊チーズサラダでランチ。その後、カルティエ財団で海洋堂のフィギアと村上隆のフィギアを見比べてため息また一つ。下戸の人が高いワインと安いワインを見分けられないように、多くのフランス人は海洋堂も村上隆も「どれもカラフルでチープでかわいいもの」というカテゴリでしか見ることができないようでした。まあ、それが戦略なんだろうけどなあ・・・ うーむ・・・ 9月11日(火) この日、左岸へのお引っ越しのため、とにかく散らかっている小物を一カ所に集めておりました。テレビやラジオをつけている暇などは全くなく、とにかく忙しいことこの上なし。外界に接触したのはCATV回線にお別れを告げようとネットに繋いだ14時ちょいすぎの頃でした。わりかし大きめのファイルを落としている最中、時間つぶしにいろいろな掲示板を廻っていたときに、突如ネット世界の空気が変わっていきました。 「あー 飛行機がー 飛行機がー」「またつっこんだー」 ・・・・? うめき声の文字情報だけではさっぱり訳が分かりません。テレビをつけてみようかと思ったのですが、大家さんがあんまりテレビをお好きではないようなので、なんとなくためらわれます。とりあえずマスコミ系に繋いでみようとするのですが、専用線なのにめっちゃくちゃ重い。仕方なくもう一つの窓で軽めの掲示板を覗いて見るのですが、どこもかしこも蜂の巣をつついたような大騒ぎ。一体全体これはなんなんですかい??? んで、待つこと5分後、ようやく各報道サイトに繋がって・・・ ! あわわわわわ、なんですか、これは・・・ 映画じゃないんですよねえ? うわぁ、テレビ見てえ! ということで、ファイルのダウンロードなんてつまらないことはとっとと切り上げ、有線チャンネルの沢山ある左岸のアパルトマンにパワーブックを持って向かったのでした。やっぱこういうときこそテレビっしょ(avec ネットというのが理想なんですが)。 荷物を置いたら早速テレビの電源を付け、CNNとLCI(フランス版CNN, ケーブルオンリーのニュース専門チャンネル)のザッピング。うーむ、どっちも少しずつしか言ってることが理解できません、あの凄まじい映像を説明できる言葉がほしい。知りたいと心から思っているのに、知ることができる手段を講じているのに、知ることが出来ないのは本当に情けないことです。フランスのテレビで聞き取れる単語は「カミカゼ」「カミカゼアタック」ばっかり。一年間の後悔がどっとやってきてしまいました・・・ 仕方がないので足りない情報を日本語のサイトで補完なんですが、日本の情報だと飛行機が11機ハイジャックされてる・・・ となっていてさらに??? CNNもLCIも情報統制されているのかしら??? しっかし、テレビにかじり付いていても一日がもったいないので、とりあえずバスティーユまで行って前の会社に挨拶まわり、そして土産物の買い込み、、、なのになのに、好きな買い物なのに気分が乗りません。んもう、世界はどうなっちゃうんだろうなあ。 |